友達がいない人の末路とは?

友達がいない人の末路

社会に適応できなくなる

友達とが一人も居ないと言う方は、その状態が長期的に続くようになると次第に社会に適応できなくなっていく可能性が高いとされ、これは他者とのコミュニケーションを取らない方のアンテナが狭くなる事が理由になります。

例えば、休日に友達と過ごすような方は流行り廃りに敏感で、その時々に応じて情報を仕入れて流行りの場所に出かけたりしますし、日常会話でもトレンドなどに詳しくあろうと努力している方は多いです。

しかし、友達がいない方は基本的に自分の事しか考える必要が無いので、新しい情報を仕入れる必要もなければ流行に敏感である必要もなくなり、それが結果的に社会に適応できないということに繋がります。

また、この場合は家族が居ても良い方向に影響する事がなく、いわゆる引きこもりなどが改善されにくいのは家族と友人の在り方の違いとされるのです。

全てにおいて無気力になる

常に自分を中心に考えて過ごすことが多いのが友達のいない方の特徴ですが、これが進行してしまうと非常に内向的な性格になってしまい、外出する事に億劫さを感じるようになってしまいます。

また、外出が面倒になってしまうと身なりなどにも気を使う事が無くなりますし、自分が不快だと感じない限りは入浴なども後回しにしてしまう方が多いです。

そして、この様に何事にも関しても面倒だと感じるような状態が続いてしまった場合、面倒だと感じていたのが「する意味が無い」という考えに変わり、全ての事柄においてやる気などを失ってしまいます。

さらに、友達がいない方はそれを注意してくれる方もいない可能性がある事から、全体的に無気力になってしまう事は周りが食い止めにくいという非常に危険性の高い状態です。

孤独死

たとえ友達がいなくても恋人はいるという方もいらっしゃいますが、この様なケースはとても珍しく基本的には友達がいない方は恋人もいない事が多く、生涯独身という生き方を選ぶ方も珍しくはないとされています。

その為、友達のいない方は自分の知り合いに看取ってもらえる可能性が低いとされ、この場合は老人ホームの職員や病院のスタッフなどが最期を看取るケースがほとんどです。

また、家族がいる場合でも連絡が疎遠になっている事が多く、これは上記のように全体的に無気力になってしまう方が多いと言う点が理由で、コミュニケーション自体が面倒になっているので家族に対しても密に連絡を取る方はほどんどいないと言えます。

したがって、友達がいない方は家族にも友人にも看取ってもらえる可能性は極めて低く、場合によっては孤独死などのケースも考えられるのです。

頑固で融通の利かない性格になる

気の合う友人であっても、長く一緒にいれば意見がぶつかることはあります。

地球上に存在する、誰しもが唯一無二の存在であり、似通った性格の2人がいたとしても、嗜好や趣味の何もかもが一致するということはありません。

得難い友人を失わないためには、交流の上で少なからず我慢や忍耐の心は必要になります。

譲れる部分は譲り、喧嘩の後には謝罪と許容を行うことが、友人関係を末永く築いていくためのコツなのです。

友達のいない人は、友人のためにそうした我慢をする必要がないので、いつでも自分に正直に生きていくことができます。

人間は楽な方へ楽な方へと流されていく生き物であるので、自分本位の生き方は段々とその人の普通の生き方になってしまい、次第に他人への配慮の仕方を忘れてしまうようになります。

人の意見を受け入れられない、頑固で融通の利かない性格の人間へまっしぐらです。

家族に依存してしまうようになる

人間は習性的に孤独を嫌います。

大勢の人といるよりも1人でいる方がいい、という人ももちろんいますが、友達を持たない人間の皆が皆、そうした孤独を愛する性格をしているわけではありません。

孤独が嫌いなのに、友達がいないという人は、友達の代用品として親や兄弟を求めます。

毎日一緒にいることは難しい友人とは違い、血のつながった家族とは、同じ屋根の下で四六時中一緒にいることができます。

その距離の近さは、寂しい気持ちを埋めるにはぴったりのものですが、ぴったり過ぎて関係は仲の良い家族を飛び越し、依存へと進んでしまうことが少なくありません。

依存というのは、対象のものなしではいられなくなる状態のことです。

一緒にいたいという気持ちが、離れたくないに変わってしまった時が、依存の始まりです。

依存が進み、家族以外のコミュニティが閉じてしまえば、新しい人間関係の構築はもはや望めません。

引きこもりがちになる

友達がいなくても、人の行動が制限されるわけではありません。

友達と一緒でなくても、テーマパークで遊んだりショッピングをしたりと、人は外で様々な楽しみを見つけることができます。

ただそのためには、外に出て遊びたいという、確かな意思が必要です。

友達がいれば、今日はちょっと気分が乗らないといった時でも、友達が外に連れ出してくれますが、1人なら外へ行く気分になれないまま引きこもっていることになります。

出かける理由がなくても、友達に呼ばれればそれが外出の理由になりますが、呼ばれなければ外に行く意味を見いだせないまま、家にいるしかありません。

年を取って動くのがおっくうになったり、新しいことに興味が持てなくなってしまえば、友達のいない人は外出の意義を見出せなくなり、家に引きこもりがちになります。

引きこもっているから新しいものにも出会えない、という悪循環です。